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TEL. 03-3757-1334

〒146-0092 東京都大田区下丸子1-6-4

組合方針CONCEPT

工和会協同組合とは

■世界の工業集積地、大田区。京浜工業地帯の中核、大田区。
この大田区の南西部を流れる多摩川流域は、米国のシリコンバレーと並び称され「ハイテクリバー」と呼ばれ、数多くのグローバル企業が巣立った地域です。

■自動車・家電・化学プラント・コンピューター・光学機器・OA機器
半導体装置・工作機械・計測機器アミューズメント・バイオなど時代時代のスター企業達の多くが5Km圏内に本社・研究所を構えポテンシャルの高い工業集積地を形成しました。
これらのグローバル企業の中には、大田区の中小企業としてスタートし、地域の高い技術水準に支えられ世界ブランドに育っていったメーカーも数多くあります。

■地域の高い技術水準が花形ブランド企業を育て、ブランド企業のニーズが
下請け企業群の技術力を更に引き上げていく。他の地域では、望んでも得られない「ものづくり環境」が大田区にありいまも進化を続けています。
ハイテクリバーサイドの矢口・下丸子・千鳥・鵜の木地域で、シーズである要素技術に磨きをかけ技術力・現場力をアピールしてきた「ものづくり企業」、これが工和会協同組合のメンバー達です。

■工和会協同組合は「連携」の発想のもと、会員企業とその従業員サポート
・地域貢献・大田区のものづくり行政支援などを行い、日本のものづくりの生き残りと発展の為、活動を続ける組織です。

理事長メッセージ

CEO

工和会協同組合理事長 平本叔之

 この度、工和会協同組合の理事長に就任しましたプレジションファクトリー(株)の平本叔之です。

私が下丸子で仕事をひとりで始めたのが昭和六十四年八月二十日でした。
十月には株式会社の登録をしましたが、当時は汎用旋盤が一台、ボール盤が一台とトラックが一台で自分の持っていた自慢のクーペを下取りに出して手に入れたトラックでした。通勤はもちろん、スキーに行くにもそのトラックで行きました。時はバブルで好景気の真っ只中で一年でトラック通勤がセドリックに変わりサラリーマン時代では考えられない車に乗るようになり、工場の中も汎用旋盤が二台、汎用フライス盤一台、ボール盤三台、ペンチレース一台とスタッフも自分達親子を含めて六人になっていました。
そのころ工和成年会と工和会協同組合に勧められて入会いたしました。
当時の組合は些細な集まりでも打ち上げがあり、蒲田に止まらず、赤坂や六本木などにも遠征をしていました。その後バブルは崩壊してしまうわけですが、組合員はまだまだ元気がある人が多くゴルフなどにもよく参加しました。
約二十六年の間に工和成年会の中では成年会長、工和会では地区委員、広報委員、協同組合では理事と会計を経てまいりました。工和会の方々と知り合う事により自社だけでは出来ない研磨、溶接、塗装、メッキ、バフ等の仕事をお客様から注文頂き、売り上げを大きく出来たことは下丸子に居たこと工和会協同組合に居たことが現在、弊社があることにつながっています。今年もビアパティーなど色々なイベントが用意されています。組合員の方々のご協力、ご指導、ご鞭撻をよろしくお願い致します。

 


工和会・工和会協同組合沿革

1941年
下丸子121番地(現、下丸子1−6−5)に工和会の前身である                  「蒲田産業報国会下丸子支部」発足
1948年4月
下丸子地区、中小企業者55社で工和会設立
1951年
現在地(下丸子1-6-4)の借用開始
1953年9月
9月5日協同組合創立総会 43社
1965年
工和成年会発足
1979年
組合員数181社
1979年6月
6月1日現会館落成
1981年8月
「工和会だより」創刊
1984年3月
工和会創立35周年、工和会協同組合創立30周年記念総会
1985年
工和会組織に地区委員会を設置
1988年
第1回ビアパーティー開催 参加者205名
1991年
工和会旗完成
1998年5月
工和会創立50周年、工和会協同組合創立45周年記念総会
2007年
中国人研修生受入事業開始
2010年5月
工和会と工和会協同組合が統合し工和会協同組合に一本化
2013年5月
工和会協同組合創立60周年記念総会

バナースペース

工和会協同組合事務局

〒146-0092
東京都大田区下丸子1-6-4
工和会館2階

TEL 03-3757-1334
FAX 03-3757-7716